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東京高等裁判所 昭和30年(う)3305号 判決

控訴人 原審検察官 本位田昇

被告人 五十崩礒吉

検察官 八十新治

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

但し、本裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

論旨第一点及び第二点について、

記録に徴せば、「被告人は昭和三十年五月七日より同年六月五日迄の間約六十二回に亘り肩書住居において当時十八歳に満たないA女をして氏名不詳者約六十二名と対価を得て情交せしめ以て児童に淫行させたものである。」という起訴に対し、原判決は、何ら訴因変更乃至追加の手続を経由することなく、「被告人は肩書住居において喜楽という料理店を営む者であるが、当時十八歳に満たないA女(昭和十三年三月五日生)の年令を確認せず、また同女の十八歳である旨の言を聞いただけで、第一、昭和三十年五月七日頃から同月九日頃までの間、前後五回位に亘り、同所において同女をして、氏名不詳の数名と報酬をえて情交させ、第二、同月十日頃から同年六月五日頃までの間、前後五十七回に亘り同所において同女をして、氏名不詳の多数者と報酬をえて情交をさせ以て児童に各淫行をさせたものである。」という児童福祉法第三四条第一項第六号違反の犯罪事実を認定判示していること洵に所論のとおりである。而して児童福祉法第三四条第一項第六号違反の罪は、同一の社会的基礎の上において単一又は継続した意思によつて犯される限り、その淫行をさせた回数において多数回に亘つていても各児童毎に包括的に観察して一罪を構成するものと解するのが相当であるところ、原審が被告人の所為を二個の併合罪の関係にある犯罪とした所以のものは、おそらくは、原審公判廷における被告人の供述に従い、被告人がその所属する組合に対し右A女を雇い入れたことを正式に届け出でた日時を境にして前後の二個の犯罪に区別したものと推察されるのである。然しながら、右被告人の供述その他の証拠に徴せば、被告人において右A女を雇い入れ同女に淫行をさせるという意思を有したことは右届出の有無にかかわらず実質上当初より継続していることが窺われ、その届出によつて被告人の意思の継続が中断されたとか、更新されたとかいう事情は少しも認められないのであるから、被告人の本件所為は、起訴のとおり一罪を構成するものと認むべきものであつたわけである。従つて原審がこれを二罪と判断して併合罪の規定を適用処断したことは法令の適用を誤つたものといわなければならない。

次に訴因制度を採用している現行法の下において包括一罪として起訴されたものを訴因変更乃至追加の手続を経由しないで併合罪と認定することは、本件のような同一構成要件に属する数罪の認定の場合であつても、被告人の側の実質的な利益乃至防禦という見地からすれば、不当な不意打を加えその防禦に実質的な不利益を与えることを免れないのであるから、原審が前記認定について訴因変更乃至追加の手続を採らなかつたことは判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続上の法令違背が存するものといわなければならない。論旨はいずれも理由がある。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

検察官本位田昇の控訴趣意

第一点法令適用の誤について 原判決は、被告人は肩書住居に於て、喜楽という料理店を営む者であるが、当時十八才に満たないA女(昭和十三年三月五日生)の年令を確認せず、また同女の十八才である旨の言を聞いただけで、第一、昭和三十年五月七日頃から同月九日頃までの間、前後五回位に亘り、同所に於て、同女をして氏名不詳の数名と報酬を得て情交させ、第二、同月十日頃から同年六月五日頃までの間、前後五十七回に亘り、同所に於て、同女をして氏名不詳の多数者と報酬を得て情交させ、以て児童に淫行をさせたものである。との事実を認定し児童福祉法第三四条第一項第六号、第六〇条第一項第三項、刑法第四五条前段第四八条第二項等を適用しているが右児童福祉法各法条の趣旨は児童に淫行をさせた都度一罪が成立するものと解すべきでなく、児童一人毎に売淫をさせた行為全部を包括的に観察し一罪として擬律すべきものと解するを相当とするところ、原審がこの措置を採らず、検察官の一罪として起訴した事実を右の如く二罪と判断して併合罪の規定を適用処断したことは法令適用の誤を冒したものであり、且つその誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであると思料する。

第二点訴訟手続の法令違反について 検察官の起訴事実は、被告人は昭和三十年五月七日より同年六月五日までの間、約六十二回に亘り、肩書住居に於て当時十八才に満たないA女をして氏名不詳者約六十二名と対価を得て情交せしめ以て児童に淫行せしめたものである。とありてその内容は明らかに包括一罪として起訴したるものに拘らず、原審はこれを右の如く併合罪と認定したが本件の如き内容を有する包括一罪を併合罪と認定することは、被告人に不当な不意打を与え、因てその防禦に実質的な不利益を加うる場合に該当するにつき訴因の変更手続を要するものと解すべきところ、原審は何等この手続を採らずして併合罪と認定処断したるものなるにより、原審の訴訟手続は法令に違反し且つその違反は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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